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[プラッサ] 第44回全日本サーフィン選手権秋田支部予選 [トルシーダ]

">2009年7月 4日 03:07

第44回全日本サーフィン選手権秋田支部予選

6月28日 AM7:00・・・西目海水浴場にて

波がなく2週間押しでの開催となりましたが、今日はなかなかのコンディション!!

この大会は日本サーフィン連盟に加盟登録しているサーファーの大会とあって、とてもハイレベルな大会となっています。

「この時期は日が長いので、朝3:30~夕方19:00頃までやっているサーファーもいますよ」と全日本サーフィン連盟秋田支部長の矢作さん
 

まずはサーフィンの歴史について・・・

一言にサーフィンと言っても大きく2つに分けられます!!

エピソード1<古代サーフィン>

このスポーツを発明したのはハワイやタヒチに住んでいた古代ポリネシアの人々ですが、古代サーフィンつまりサーフィンの起源はあまりに古くていまのところいつ始まったのかははっきり解っていませんが少なくとも西暦400年頃にはサーフィンの原形のようなものがすでに存在していたようです。ですから大変古い歴史を持ったスポーツだということは理解してください。

そしてこのサーフィンというスポーツがどのように誕生したのでしょうか、それは古代ポリネシア民族のライフスタイルと密接な関係がありました。海の民といわれる古代ポリネシアの人々は大航海時代といわれたコロンブスやマゼランの時代よりもはるか以前から大洋を航海する高度な技術を持っていました。

そのような彼らの発明の一つにアウトリガーカヌーがあります。カヌーの片側を支持する浮の着いたこのカヌーは転覆に強く、彼らはこのカヌーで珊瑚礁の外へ漁に出かけました。珊瑚礁には毎日のように波が押し寄せていますから、カヌーが漁から帰るときに必然としてその押し寄せてくる波に乗ってしまうわけです。きっと波に乗るのが上手な漁師はみんなに尊敬されたことでしょう。
漁業の技術の一つであったその"波乗り"が、いつのまにかあまりの楽しさのために娯楽として一人歩きを初めて、そしてカヌーは次第に小さくなり、オロとかアライアと呼ばれるサーフボードの原形が誕生したのだと思われます。

サーフィンはたいへん盛んに行われていたようでチャンツといわれる古代から口伝されている詩にはたくさんこのサーフィン he enalu が登場してきます。たとえばサーフィンで決闘した勇者たちとか山の部族に嫁いだためにサーフィンができなくなって悲しんだ女性の話しとかいろいろありま す。
このユニークなサーフィンというスポーツは古代ポリネシア民族の儀式にまで登場しこの文化の中心的存在にまで上り詰めていきました。
ヨーロッパ人で初めてサーフィンを目撃したのはイギリス人の探検家ジェームス・クック船長です。彼はタヒチとハワイでサーフィンを目撃してそのことを航海日誌に書き残しています。しかし残念なことに彼の発見によってポリネシアの島々にヨーロッパの文化や宗教が押し寄せました。宣教師たちは布教の妨げになるためサーフィンを禁止してサーフボードを取り上げて燃やさせてしまったのです。ここに古代サーフィンはここに終焉を向かえたのです。

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エピソード2<近代サーフィン>

20世紀初頭になって再びサーフィンをする動きがハワイで起こりました。再び教会の人々はこれを阻止しようとしましたが、ワイキキの海岸だけは黙認しました。理由は解りませんが、ヨーロッパやアメリカから移り住んでいる人たちを海難から守るという意味があったのかもしれません。

これがきっかけとなりハワイアンだけでなく移住してきた人達もサーフィンを楽しむようになります。そのなかにジョージ・フリースという青年がいました。彼はカリフォルニアに始めてサーフィンを伝えた人でハンティントンビーチで初めてサーフィンのエキジビションをしました。また彼はカリフォルニアの最初のライフガードになり1907年には日本人の漁師を七名救助したという記録も残っています。ハワイも急速な観光地化に伴ってライフガード組織が必要になりました。

その主要な役割を担ったカハナモク家の長男が「近代サーフィンの父」と呼ばれるデューク・カハナモクです。サーファーとしてそしてスイマーとして卓越した技術を持っていたデュークは1912年にストックホルムオリンピックのアメリカ代表として出場し100mm自由形で世界新記録を容易に達成します。しかもそれから17年間世界一の座を維持し続けました。一躍世界的なスターとなったデュークは世界の水泳競技大会に招待されるようになります。デュークは招かれた国々でチャンスがあればサーフィンをしてこの素晴しいスポーツの普及に努めました。

特に1915年の1月15日にオーストラリアのシドニーで行ったエキジビションは有名で、それによりオーストラリアではサーフィンは国民的なスポーツとして大きな発展を遂げています。デュークの偉大な功績により近代サーフィンの礎が築かれたといっても過言ではないでしょう。彼の偉業を称えるためにハワイのワイキキ海岸とオーストラリアのフレッシュウォーター海岸には彼のブロンズが建てられています。

こうして産声をあげた近代サーフィンは世界の各地で急速に発展します。とくにハワイ、カリフォルニアそしてオーストラリアではサーフィンクラブがいくつも組織されて独自の個性を持ったサーフィンスタイルが確立されていくようになります。サーフボードも、熱心で独創的なアイデアを持ったサーファーたちの試行錯誤によって発達していき、第二次世界大戦の後には現在も主流をなすグラスファイバーとウレタンフォーム製のサーフボードが誕生します。そのサーフボードの発達に伴ってサーフィンのライディングテクニックも高度になり現在もさらに進化しています。

そしてサーフィンのスタイルも多様化していきました。サーフボードにセールを取り付けたボードセイリング(ウィンドサーフィン)や足ヒレを着けて腹ばいになって滑るボディボードなども現在では別個のスポーツとして世界的に普及しているのはいうまでもありません。またサーフボードにストラップを着けてジェットスキーの補助を受けながら、ライディング不可能とされていたビッグウェーブを征服するトゥーインサーフィンと いう新しいサーフィンも生まれています。将来は普通のサーフィンにもストラップを着けるのが常識になるのではという予測もあります。また過去のものとされ ていたロングボードという1960年代に一般的であったサーフボートが復活してサーフィンの未来に新しい方向性を示しています。

日本のサーフィンが産声を上げたのは1960年の頃、アメリカ人が湘南や千葉の海でサーフィンを楽しんでいるのを地元の少年たちが模倣して自作の「フロート」と呼ばれたボードで初めたのが最初だといわれています。そして1965年にはその青年たちによって日本サーフィン連盟が発足し 翌年の7月には第1回の全日本選主権が99名の選手のなかで競われました。そして34回を数える1999年大会には過去最大の1100名の選手が出場しま した。日本サーフィン連盟は多くの優秀なサーファーを数多く輩出し日本のサーフィンの発展に大きく貢献してきたといえます。まさに日本のサーフィンの歴史は日本サーフィン連盟と共に歩んできたといえるでしょう。
 

 

 

なるほど!!サーフィンはかなりの歴史や物語があるのですね。ちょっとした豆知識をお送りしました。この知識を頭に入れてトルシーダを見ていただくと、さらにお楽しみいただけるのではないでしょうか・・・!!

サーフィン 波待ち
お!選手達が戦いの「波」へ向かい始めました。

では、大会の模様をお送りします・・・。

全日本サーフィン選手権秋田支部予選のルールについて

サーフィンには年齢ごとに分かれているカテゴリーがありますが、今大会は

・シニア ・マスター ・ウィメン(女子)

の3つのカテゴリーで行われます。
1ヒート(グループ)13分で1人8本までのカウント(審査基準)となります。
1ヒート3人で行われ、2人が勝者となり勝ち上がっていく方式で行われます。
優勝者や成績優秀者は、三重県伊勢で行われる全国大会に参加できます。
(何人出るかは、他の支部予選の結果と人数により出場可能な人数が分かります)

日本サーフィン選手権 秋田支部予選
ジャッチも、サーフィン連盟公認の免許をもっている人が行います。
出場選手も真剣ですが、ジャッジも真剣です!!
(当り前か!!(照笑))

どんな波に乗るか、・スピード、・技、などを見て1人に0.1~10点までの点数を付けていきます。
例えば、テイクオフをすると0.1点になります。

サーフィンのフラッグ
グリーンフラッグが、演技中のマークとなるもの(選手が見て判断できるように)
イエローフラッグが残り3分を意味し、
レッドフラッグが、そのヒートの終了を意味するものです。

声でも知らせますが、風により聞こえない場合もあるので、こういうフラッグで選手は残り時間を把握します。

 

秋田のサーフィン 大会
ジャッジの合図で13分の戦いが始まります。
前のヒートが終わったら、次のヒートがすぐ始まるので入れ替わりのスムーズに行います。


秋田のサーフィン 大会

見ての通り、それぞれ色の違うシャツを着ています。
「これは、ジャッジが判断しやすくするためです」と秋田支部長の矢作さん。

秋田のサーフィン 大会

あれ!?
「ちょっとブレイクがあったから10分くらい行って来たよ」と矢作さん。
少しでも時間があくと乗りたくなる、「サーファーの血」が騒ぐんですね!!
 

サーフィン3カ条

天気   風   波

 

「この3つが揃うとサーファーにとって完璧な日ですね。サーファーは天気図や波情報をこまめにチェックしてその日はいいとか、この日はだめとかを判断して海に向かいますね。後は、仲間同士で連絡を取り合うとか」と矢作さん。

サーフィンはまさに自然とのコミュニケーションが必要なスポーツです!!

波を待つ選手達

全日本サーフィン選手権 秋田支部予選

全日本サーフィン選手権 秋田支部予選

皆さんは分かりますか?
ここに波が3つ来ています。

全日本サーフィン選手権 秋田支部予選
だんだん大きくなってきましたよ!!
さぁ、どの波が1番大きいか分かりますか~?

全日本サーフィン選手権 秋田支部予選
赤の選手が選んだのが2番目の波、
青の選手が選んだのが3番目の波。
正解は・・・3番目の波が1番大きいでした!!

 

いい波を求め待機中・・・

全日本サーフィン選手権 秋田支部予選

ジャッジ視点からお送りしました。こうして上から見ているとだんだん大きな波がどれかの判断ができてきますね。ただし、実際に海に入っていると経験の差が、波選びの差に出てくるんでしょうね。

サーフボード 裏表
サーフボードを撮らせていただきました。
左が表で右が裏。印象と感想は十人十色ということで、みなさんそれぞれにお任せします。

それでは参加選手の方にインタビューをしてみましょう

「サーフィンの魅力」というお題でインタビューしちゃいました~!!

まずは、鈴木智諭さん
サーフィンの魅力
自然でできるスポーツですし、普段の生活では味わえない波に乗る感覚が、たまらなく楽しいです」

続いて、ワヤンさん(1番右)
サーフィンの魅力
同じ波が2度と来ないし、自分がいい波に乗ってやろうという競い合いができることが楽しいです」

最後に、SATOKOさん
サーフィンの魅力
「いい波に乗ると、嫌なことを忘れて楽しくなるので最高です」

 

 

どうですか皆さん!!

Let’ Try!!してみませんか?

「地元のサーフショップに行っていろいろ教えてもらいながらやるのが1番いい方法ですね。そうすると教わりやすし、見本も見つけやすい。是非皆さんも波乗りしましょう!!」と矢作さん。
 

・道具があるけど、もっとうまくなりたい!!

・悩みを解決したい!!

サーフィンの魅力

など、「サーフィンを教えてもらいたい、体験してみたい」という人は・・・

7月19日より道川海水浴場にてスクールを行います!!

 


詳しい詳細やお問い合わせは・・・
Plunging Surf(プランジングサーフ)
Tel 0184-23-4856 矢作さんまでお問い合わせください!!




起こせ行動!!呼び込めビッグウェーブ!!

大会も終盤になりファイナルに突入!!

サーフィン選手権秋田支部予選はファイナルへ

ウィメンとマスターのファイナルの模様は映像でお楽しみください。






どうですか?波に乗ってみたくなりませんか?
 

大会日程をすべて終え、表彰式。

全国サーフィン選手権秋田支部予選

 

支部長の矢作さんから各カテゴリーの成績優秀者の発表です!!

全国サーフィン選手権秋田支部予選
ウィメン優勝:加藤美雪さん(左側)

全国サーフィン選手権秋田支部予選
マスター優勝:安保栄一さん(中央)

全国サーフィン選手権秋田支部予選
シニア優勝:佐藤義美さん(表彰者の右から2番目)

おめでとうございます!!
秋田支部代表として、全国大会での活躍を願っております!!

暑い中みなさんご苦労様でした!!
 


それでは!次回のトルシーダもお楽しみに!!!

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